7月14日 15日は「日盤切替」の日でした。
「日盤切替」とは、年に2回、夏至と冬至にもっとも近い「甲子」の日に暦の陰陽が切り替わること。陰極まって陽に転じ 陽極まって陰に転ずる。陽遁(中宮が一、二、三、四と増えていく動き)から陰遁(中宮が九、八、七、六と減っていく動き)に替わる日です。この日はとてもエネルギーが高く、この日に恵方参りをすると運気を上げると言われています。
今年は九紫中宮の月盤と日盤が重なる吉方旅行開運日なので、半年以上前から「吉方位の西に行こう。なるべく遠くに」と、14日に長崎、15日に佐賀の嬉野温泉に行くことにしていました。
すると不思議なご縁で、嬉野温泉の宿を決めてしばらくしてから、佐賀在住のスピリチュアルカウンセラー灯美さんと知り合い、灯美さんの崇敬神社の「祐徳稲荷神社」を案内していただけることになりました。
私は、嬉野温泉の近くに豊玉姫神社があることしか調べていなくて、祐徳稲荷神社は、灯美さんと知り合わなければ行くことなかった神社です。
肥前鹿島駅で待ち合わせして、灯美さんの車で約10分。日本三大稲荷のひとつ祐徳稲荷神社は、想像以上に立派な神社でした。
ご祭神は
倉稲魂大神(ウガノミタマノオオカミ)
天宇受売命(アメノウズメノミコト)
猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)
肥前鹿島藩主鍋島直朝公の夫人萬子媛が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請された稲荷神社です。
萬子媛も境内の石壁神社で萬媛命(祐徳院殿)として祀られています。祐徳稲荷神社と言われるのは、萬子媛の諡名(おくりな)が祐徳院だったからですね。
石壁神社のそばには祐徳院様が吉凶を占っていたという水鏡の池があります。
灯美さんに教えていただいて、これからも世のため人のためになる正しい占いができるようお導きくださいと祈りました。
本殿は階段のかなり上にあります。地上18メートル。
この階段が龍の形と言われている、と灯美さんが教えてくれました。
足の悪い方のためにエレベーターもありました。私たちは利用しませんでしたが、初穂料300円で、乗車券代わりに「運気上昇おみくじ」がいただけるようです。
階段はたくさんの風鈴が彩っていて涼しい音色を奏でていました。
天気が良く暑い日でしたが、境内には涼しい風が吹いてとても気持ち良かったです。
境内の一番高いところ(奥の院の下)に「命婦社」があり、稲荷大神のご眷属の白狐(命婦大神)を祀っています。
天明8年(1788)京都御所の火災の際、祐徳稲荷神社のご眷属たちが花山院邸の火を消しました。「どうして(天皇のいらっしゃる)御所の火を消さないのか」と尋ねた花山院に「私達は身分が賤しく宮中に上がることは出来ません」と答えたため、それを聞いた天皇が「命婦」の官位を授けたと言われています。
この先に奥宮がありましたが行きませんでした。また次のご縁に!
祐徳稲荷神社のおみくじは、箱の中に手を入れて宝珠の形をした木の球を取り出すとそれに番号が書いてあるというものでした。
番号は、なんと1番。
日盤切替の甲子の日に甲子のおみくじをいただいたのです!
巫女さんが解説の綴本を貸してくださったので、おみくじと一緒に写真を撮らせていただきました。
日出便見風雲散
光明清浄照世間
一向前途通大道
萬事清吉保平安
これ以上ないような良いお言葉をいただきました。
実は私は、信仰心の強い母親に稲荷神社には行くなと言われて育ち、長い間稲荷神社を避けていました。大人になってからも、稲荷神社はお礼参りができないなら行かないほうが良いと思っていて、お参りしているのは錦糸町の五柱稲荷神社だけです。
伏見稲荷大社も笠間稲荷神社にも行ったことがありません。(全国いろいろ行ってるわりに)
今回、稲荷神社とご縁を結んでいただいた気がします。祐徳稲荷神社には、いつかまたお礼参りに参拝したいと思います。
この日は、一緒に泊まると言ってくれた灯美さんと嬉野温泉の「大正屋」に泊まって、温泉と土地のもので吉方の気をたくさんいただきました。
レトロな旅館ですが、温泉が素晴らしく、また宿の方みんな親切で感じの良い方ばかりでした。おすすめの宿です。
食事もとても美味しかったです。
朝ごはんも、温泉豆腐や煎茶粥などたっぷり。ごちそうさまでした。
帰りの飛行機から見た富士山がとても神秘的でした。
とても開運した気がします。
帰りの電車で気づいたら、財運線が光っていました!ビックリ!