imacoco ~手相・九星気学・易占・マヤ

東京都府中市で手相鑑定・九星気学の運気鑑定・易占やマヤ暦を使った開運アドバイザーをしています。私自身、日々開運活動にいそしんでます。

占いに依存しない

今日は、少し真面目な話をします。
(いえ、今までも決してふざけて書いてきたつもりはないのですが)

 

先日、
「日本では“隠れ鬱”が多い」という記事を目にしました。
その中に、このような一文がありました。(一部省略しています)

 

日本のメンタルヘルスケアの空白を埋めているのは、
医療機関ではなく
「夜の街」や「占い」、闇のセーフティネットです。

と。

そこでは、
キャバクラやホストなどの水商売と「占い」が、同列に語られていました。

占いを仕事としている身として、

正直、ショックでした。

占いが「闇」と表現されたこと以上に、
水商売と同じ文脈で扱われたことに、
強い違和感と嫌悪感を覚えたのだと思います。

 

誤解を恐れずに言うなら、
私の中には「水商売的ビジネス」への否定的な感情があります。

ただしそれは、
水商売で働く「人」への否定ではありません。
否定しているのは、その構造。

特定の誰かに癒しや承認を求め、
「推し」に依存し続けることを前提に成り立つビジネスモデル。
そこに、私は否定的な感情を覚えるのです。

 

そう考えてみると、
確かに占いの世界にも、
似た構造を持つものが存在するのかもしれません。

・不安を煽り続ける占い
・お金を使わせ続ける占い
・決断を奪ってしまう占い

けれど一方で、
まったく違う在り方の占いも、確実に存在しています。

・一度きりで終わる占い
・自分で決めて行動する力を取り戻す占い
・最終的には「占いを卒業」させる占い

そして私は、
後者の占い師でありたいと思いました。

 

☆☆☆

時々、「占いジプシー」という言葉を耳にします。
自分の求める答えをもらうまで、
次々と占いを渡り歩く人のことだそうです。

易には「山水蒙(さんすいもう)」という卦があります。
その卦辞には、こんな言葉があります。

「初筮は告ぐ。再三すれば瀆る。
瀆るれば則ち告げず」


もともとは「教育の基本」を説いた言葉ですが、
占いの在り方として読んでも、非常に示唆的です。

同じことを、答えが変わるまで何度も占い続ける。
そこには、もはや学びも気づきもありません。

占いは、
承認を得るためのものではありません。
決断を委ねるためのものでもありません。

ただ、
自分自身を見つめるためのツールの一つ。

私は、そう考えています。

 

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大國魂神社の水神社です。
来年は一白水星、水の年ですね。(干支では火の年でもありますが)