imacoco ~手相・九星気学・易占 

東京都府中市で手相鑑定・九星気学の運気鑑定・易占をやっています。日々、開運活動にいそしんでます。

灌仏会〜人間に生まれたありがたさ

今日、4月8日はお釈迦様の生まれた日です。

私が座禅会でお世話になっている慈恵院でも、昨日(1日早いけど日曜だから)降誕会が行われました。

降誕会は「灌仏会」「花まつり」ともいわれます。

お釈迦様がお生まれになったとき、天上界から竜王が表れて香水を注いだという故事になぞらえて、香水に見立てた甘茶を誕生仏にかけます。

f:id:misaroundf:20190408072610j:plain

こちら、慈恵院のホームページからお借りしました。

(この左のお花の手前に私は座っていました)

 

右手で天を指し左手で地を指している姿が、お釈迦様の生まれた時の姿、誕生仏です。

 

お釈迦様は、ルンビニー園という花園で、摩耶夫人の右脇からお生まれになったとき、その直後に七歩歩いて、右手で天を指し、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)と言いました。

 

脇から生まれたんかい!いきなり七歩も歩いたんかい!

というツッコミところはありますが、お釈迦様のスゴさを表現しているのでしょう。^^

そして天上天下唯我独尊」

この言葉、よく「自分が一番偉い」と思っている人のことを「唯我独尊だからね」とか陰で言ってませんか。(すみません。私は昔言ってたことがあります)

「この世で唯だ我独りが尊い」という解釈からでしょうが、お釈迦様が自分のことだけを「尊い」と言ったというのは間違いです。

 

生まれてきたものは皆、ただひとり尊いのです。

誰と比べることもなく、天にも地にも自分一人、その自分が尊いのです。

お釈迦さまは「すべての人は仏性を持つが故に尊い」とも言っています。

 

その尊い自分をないがしろにしてはいけません。大切にしないといけません。

他人と比べて嘆くことはありません。

そう感じる灌仏会の朝です。

 

 

 

f:id:misaroundf:20190408072607j:image

  

 

 お釈迦さまは、人として生まれたこと、仏性を持つことは、

「大海の底にいる一匹の目の見えない亀(盲亀)が、百年に一度だけ海上に浮かび上がり、そのとき、海上を漂っていた流木(浮木)のたった一つの穴に頭を突っ込むこと」

くらい「有難い」こととだとも言っています。(盲亀浮木)

 

小冊子「花園」の漫画です。

お釈迦様が可愛いです。

f:id:misaroundf:20190418065921j:image

「お生まれになったばかりなのにご注釈まで!」にウケました。笑

 

 

 

 

 

 

占いと引き寄せと『陰騭録』

おはようございます。

タイトルにある『陰騭録』は「いんしつろく」と読みます。

安岡正篤先生の『易と人生哲学』に紹介されていたのですが、

中国明代のひと袁了凡(えん りょうぼん)が書いた本です。

フィクションではなく実話です。

もちろん私は原本は読んでいませんので、安岡先生の言葉もお借りしつつあらすじをご紹介します。(少々長くなります)

 

明の時代に袁了凡という少年がいました。
幼い頃に父を亡くし母の手で育てられ、医学の勉強をしておりました。
ある時、その少年のもとに不思議な老人がやってきて、
「お前は立派な役人になって出世する。試験にも合格する。医学の勉強はやめて官吏の勉強をしなさい」
当時の中国は科挙という厳しい試験に通らないと官吏には採用されませんでしたが、その老人は、私の言うとおりに勉強すれば何歳の時に予備試験を何番で合格し、本試験は何番で合格する、と断言し、そしてどういう出世をして、何歳で寿命が尽きて、気の毒だけれど子どもには恵まれない、など次々に予言しました。
それを聞いて感動した袁少年は、老人が言うとおりにしたところ、不思議に予言通りに合格し、その後もことごとく予言通りになりました。
そこで袁了凡は「なるほど。私の人生はあの予言の通りになるに違いない。人間には運命というものがあり、自分の一生は決まっている」と考え、若くして運命論者になり、一種の諦め、あるいは悟りの境地に達しました。

あるとき、雲谷という禅師が青年となった袁了凡を見て、、
「その若さで迷いもなく人間ができている。いったいどんな修業を積んだのか」と聞いたところ、袁了凡は、
「特別に修業はしておりませんが」と、少年時代に不思議な老人に予言されたことがことごとく当たり、自分の運命はもう決まっているのだと達観していることを答えました。

すると雲谷禅師は突然大きな声で笑って、
「なんだ。諦めていたのか。それでは、昔から偉人聖人は何のために学問修行をしたのか。自分の運命は自分で作っていくのであって、学問修行とはそれによって人間が人間を作っていくことなのだ」
そうそうたる人々の例をあげ、学問修行し徳を積むことで運命は変えられることを説きました。
袁青年は大変反省して、改めて学問修行に努めたところそれからは、今まで何一つ外れなかった予言がことごとく外れるようになりました。
53歳で死ぬと言われた袁了凡は74歳まで生き、できないといわれた子どもも授かりました。

 

以上です。

安岡先生はこの話から、運命には「宿命」と「立命」があり、生まれたときに授かった宿命も、自分の生き方「立命」で変わっていくのだと説かれています。

私は、それと同時に、袁了凡の「引き寄せ力」というのに感じ入りました。

だってそうでしょう。

老人に「お前はこうなる」と言われたら、それを信じてその通りにして、その後、禅師に「いや、こうもできる」と言われたら、よりよい人生を信じて引き寄せたのです。

 

私はここに占いの本質を見ます。

 

「占いが良く当たる」という人、当てた占い師の力がすごいのではなく、引き寄せたあなたの力です。

私も、何人かのお客様に「すごく当たりました」「その通りになりました」と言われることがあります。

そして、そのお客様が「この先生、すごくよく当たるんだよ」と、お友達を連れてきてくれることがあります。

その時は、「占うのはあくまで今の運気です。結果を引き寄せるのは自分です」

と言うようにしています。

何か、外れたときの逃げのような感じですけど。笑

だって、本当ですから。

 

「占いでは良いことだけを信じる」という人は、ある意味良い選択をしています。

困った例は、「占いで今年は良くないと言われた」と、ずっと「悪い悪い」と思い込んで、本当に悪い運を引き寄せる方です。

「天中殺だからこの2年間は何もするなと言われた」と、働きに出ず家に引きこもっている方です。

 

前回の「算命学」でも言いましたが、私は天中殺の年のほうがむしろ調子いいです。

http://misuzukaiun.hatenablog.com/entry/2019/03/28/074803

 

最初に意識した天中殺は18歳の時でしたが、受験は第一志望の大学に入れましたし、友達もたくさん出来て、それまでと全く違う人生のステージに移れました。

2回目の天中殺の時期は会社で管理職登用試験があり、同期でひとりだけ受かりました。自慢ぽくてすみません。しかしその後、運気どん底でひどい目に合っています。天中殺は開けていましたけど。

 

それ以来、私にとっての天中殺は「1ランク上に行ける年」だけど「謙虚に正しいことをしないと天に見放されて酷いことになるよ」という年だと思っています。

 

どんな占いも、生まれたときの日時や場所でいったん決められる宿命や、今現在身についている運です。

それを知った上で、学んだり、徳を積んだり、気をつけて進むことで、宿命とは違う運を引き寄せることができます。

今年、坎宮入りしている四緑木星の人、四緑の人は本来「自由に動く風」です。

今年は動かないほうが良いとか、足元を固めてじっとしている時期だとか言われても、それで本当にいいのかよく考えて。

坎宮入りしているときは「無理はしない」「疲れやすいからリラックスして健康には気をつける」「思い違いもあるから大きな決断は後回し」「一歩ずつ丁寧に」を心がければ、動いても良いですよ。(と、私は思います)

運は、停滞しているところには来ません。

 

 

 

易と人生哲学 (致知選書)

易と人生哲学 (致知選書)

 

 

 

 

 

 

 

 

新元号「令和」 と質問の回答

元号が発表されましたね。
令和。

令というのは、「命令」とか「辞令」など、上から下への厳しいイメージがありますが、
もともとは「神のお告げ」
人がひざまずいて神意を聞くことを意味したそうです。

f:id:misaroundf:20190401142756j:image


今朝ほど「ココナラ」のお客様から質問をいただいたので、それにお答えします。

「神社が好きで、出先でよく立ち寄るのですが、
たまに、帰り道やその日のうちに、とてもいいことが起きることがあるのです。
相性がいい(土系、風系)とかでしょうか。方角が関係あるのでしょうか」


土系や風系などで相性の良い神社を紹介するサイトは、私も見たことがあります。
ちなみに私は「水系」でした。

が、それで見ると、
産土神としている大國魂神社も、あれだけ「行ってきた!良かった!」と大騒ぎした高野山金剛峯寺も、相性が悪い神社仏閣になっていました。ガビン。笑
(すみません。他所のサイトについてはコメントすべきではありませんね)

私自身は、行って「ここは気持ちがいいなあ」と思えた神社は、すべて相性の良い神社です。


これはあくまで私の考えなので、これが正解だとか言いませんが、人はみんな宇宙(天)と結びついています。
その宇宙からのご加護やメッセージを受け取りやすい人が運の良い人で、もちろん受け取りにくい人もいます。
同じ人でも、受け取りやすいとき、受け取れないとき、あると思います。
振り返ってみて、30代の一時期の私は「受け取れない人」になっていたと思います。

さて、そんな宇宙からのご加護やメッセージを受け取りやすい場所、宇宙とつながりの強い場所、それが神社です。


これは、前々回の「直感」の話と通じますが、神社に行くことで宇宙アンテナが磨かれます。

だから、「神社参拝の帰り道やその日のうちにとてもいいことが起きる」というのは不思議でも何でもありません。
「その日のうちに」というのは、よほどその神社でつながった宇宙(天・神様)が「この子をハッピーにしたい」と思ってくれたんでしょうね。^^


その日のうちでなくても、10日後でも半年後でも10年後でも、ご加護をいただけることがあります。
宇宙の時間は人間の時間とは違うので、すぐに叶わなくても「あの神社は相性が悪い」とか思わないでください。

(ただ、行って嫌な気持ちになったところには、もう行かなくてもいいと思います)

吉方位では良い気を取り入れていますから、宇宙とのつながりをより強くバックアップしてもらえます。
なので、意識して吉方位の神社仏閣に行くことは大賛成です。
そして、悪い方位だとしても、神社仏閣に行くと凶意を抑えていただけます。
「マイルールで伊勢神宮高野山はいつ行っても良い場所」と私が日ごろ言っているのはそのためです。

凶方位にわざわざ行くことはないと思いますが、もしやむなく凶方位に行ったときは、「吉方位の開運アクションと逆をする」と、温泉に入らない、土地のものは食べない、など言っていますが、神社参拝は行ったほうが良いです。

 

皆さま、令和元年の旅行計画は立てられましたか。
ぜひ良い方位に行って、たくさん宇宙とつながって、よい「令」を受け取ってくださいね。

 

 

算命学

おはようございます。

昨日、ご縁あって、渋谷の父ハリーさんの算命学講座を受けて参りました。

 

算命学は、昔、手相を習っていた頃に少しだけかじりました。(あまりに少し過ぎて、かじったというより舌先で舐めたというレベル)

その時にもですが、今まで何度か鑑定してもらったことあります算命学。

そのたび、協調性があるとか無いとか、マイペースで頑固だとか、発想が奇抜とか、言われていました。

分かる方のために書くと、石門星と貫索星と龍高星を持ってます。逆にいうとその3つしか持ってません。

「結局、なんだかんだ言っても、自分のやりたいことをやるタイプ」とか言われて当時は、「そうそう」とか頷いていましたが、

自分の性格なんて、言われなくても薄々はわかってる!

 

ほかの占いもそうですけど、性格を当ててほしくて高いお金を払ってるんじゃないのよ。(はい。すみません。私も気をつけます)

「だから、どうしたらいい?」という話が聞きたい。

その点渋谷の父ハリーさんは、もちろん持って生まれた性格の話もしますが(だって、宿命だからね)、運気の話が濃い~いです。

f:id:misaroundf:20190327202301j:image

個人情報チラ見せ。笑

過去の運気を見ても、実父が亡くなったタイミングや自分が乳がんになったタイミングがドンピシャでした。

 

嬉しいことに、62歳からの10年はお金には困らない!

そして、72歳からは悠々自適!!

嬉しいので文字大きくしてしまいました。私の思い描く理想的な大運です。

ありがとうございます。

 

ちなみに私は戊亥天中殺で、去年と今年は要注意と言われるのですが、むしろここ2年は良いことがたくさん。これも日々の開運活動のおかげ。よね?

個人的に「宿命4割・生き方6割」と思ってます。

なので、この先の運気が良いからといい気にならず、謙虚に(よくおみくじで指摘されます)、引き続き開運活動を続けて行きます。

天中殺や九星気学の坎宮入りの時の話は、また次回詳しく書きます。

f:id:misaroundf:20190328072317j:image

チューリップ、違う球根を選んで植えたので、咲くタイミングも大きさにもばらつきがあります。みんな違ってみんないい。

 

渋谷の父、ハリー田西さんのブログはこちら。

 https://blog.goo.ne.jp/harry-tanishi

 

 

 

直感が冴える

おはようございます。

大相撲千秋楽を終えてブログ更新します。ええ、私は出ていません。←しつこい

千秋楽の結びの一番、すごかったですね。鶴竜関のがんばりにも感動しました。

そして、貴景勝関の大関昇進も嬉しい。

小さな体(角界比)で強い取り口、応援したくなりますね!

 

すみません。相撲ブログじゃないので、開運話をします。

先日、東の吉方位の運気をいただきに、銚子に行ってきました。

f:id:misaroundf:20190322125445j:image

これは曇から顔をのぞかせてくれた朝日です。

 

開運旅行を重ねていると、運気が上がるのはもちろんですが、直感が冴える・・・ことがある。今回はその話です。

 

今回、東吉方位の開運旅行に一緒に行ったMちゃん、同じ九紫火星なのでちょくちょく一緒に行っています。

その彼女が「前回、開運旅行で足利織姫神社に行ってから立て続けにいいことがあった」とのこと。聞けばいろいろなラッキーがあったのですが、中でも「おおっ!」と思ったのがこれ。

 「いつも仕事の帰りは各駅停車で座って帰っているのに、その日だけ何故か、特急に乗らなくちゃと思って」

乗ったらすぐに「人身事故があって次の駅でしばらく止まります」とのアナウンス。

「その次の駅が自宅の最寄り駅だったので事なきを得たけれど、いつもの各停に乗っていたらそのあと何時間も家に帰れないところだったよ」と。

 

良かったね!

サラリーマンなら皆わかる。通勤電車は辛いもの。帰りは多少時間がかかっても座って楽をしたい。その一方で、一刻も早く家に帰りたい。

私も、電車が事故で止まったらその事故を起こした人を恨んでしまう(←運気下げます)くらい、泣きたい気分になったものです。

それを回避できたMちゃん、まさに直感冴えてます。

 

私の経験でも、あるイベントの日、いつものように府中駅に出るバス停の真ん前まで行きながら、ふと「時間もあるから、武蔵小金井まで歩いてJR経由で行こうかな」と思って、JRに乗って初めて京王線の人身事故を回避していたことを知った、ということがありました。あのままバスに乗って行ってたら大勢の人に迷惑をかけるところでした。

 

皆さんも、ちょっとしたひらめきや思い付きで危険を回避できたことありませんか。

これは、宇宙(天、神様)からのメッセージを正しく受け取れたということです。

あらためて感謝して、ますます直感を大切にしたいですね。

 

ちなみに直感を磨く方法としては、「瞑想する」というのがポピュラーです。 

私も、近所の禅寺の座禅会に参加させていただいてますが、思うに、そこまでやらなくても(というほど私はやっていませんが)、日に10分でも20分でも、何も考えずに思考をリセットできればいいのだと思います。

ボーっとする時間、何も考えない時間を作る。

その時に大事なのは、呼吸。ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。

吐くときのほうを長くするのがポイントです。

私は15秒を目指しつつ、だいたい10秒くらいですが、これもあんまり気にすると、頭を空っぽにできないので、最初の何回かの後は気にしません。

 

瞑想というと、結跏趺坐や半跏趺坐、胡坐などでやらないといけないと思っているかもしれませんが(本来そうなのかも知れませんが)、椅子でも良いと思います。

私は神社や、気持ちのいい公園のベンチなどでもたまに瞑想します。

色々な埃汚れやサビが取れて、ピカピカの宇宙アンテナがピッと立つ気がします。

 

 

 

 

 

 

開運旅行の質問の回答 

おはようございます。

前回更新してからまたまたあっという間に1か月(弱)。

大相撲三月場所も始まってしまいました。ええ、私は出ていません。

 

年明けてから、このブログを通じてとか、ココナラというアプリサイトを通じてとか、

たくさんの方から吉方位の鑑定を依頼されています。

とてもありがたいです。

ココナラではimacocoみすずで占いのカテゴリーにいます。

でも、このブログをご覧の方でしたら、右下のお問合せ用のメールでご連絡ください。

トークルームと違って閉じないので、過去の履歴をすぐに見られて助かります。

 

(スマホからだと右下って何?となりますので、

メアド書いておきます。

imacocomisuzu@gmail.com  です)

 

そのココナラのやり取りの中でいただいた質問を共有しますね。

 


>開運日として教えていただいた日に行けない場合、その近くの日で行けばいいでしょうか?

 

「近くの日」ではなく「その方位が吉になっている日」に行くことをお勧めします。

たとえば25日に東が吉でも、26日には東が凶方位になっていることもあります。

旅行開運日としてお知らせしている日は、月盤と日盤が重なっている日です。(どちらも八白中宮など)

同じ中宮でなくても、ある方位が月盤と日盤の両方で吉方位になる日もあります。なので、できるだけそういう日を選んで旅行していただきたいです。

が、

年盤と月盤が重なる吉方位のとき(今年で言うと5月6日~6月5日)は、日盤で凶方位になったとしても影響は小さいですので、どうしても日盤までそろえられない場合は、いつ行っても良いですよ。

できたら日帰りではなく、なるべく遠くに2泊以上行くことをお勧めします。

 

 

>泊まる場所としては神社仏閣の近くがいいなどといったことはあるのでしょうか?
>ほかの気学の方にドミトリーはやめておくように言われたのですが、そういうものなのですか?

 

そうですね。運気は寝ている間に定着しますので、ドミトリーのように他人が同じ場所に寝ているのはあまりお勧めできません。絶対にダメというわけではないですが。

特に神社仏閣の近くでなくても良いですよ。もちろん、近ければ早朝からお参りして良い気をいただけるメリット大ですけど。

私は、天然温泉がある旅館やホテルを選んでいます。やはり、運気を吸収するには温泉が一番です。
ドーミーインは安いのに天然温泉があって、よく利用しています。笑

 

 

>友達と一緒の旅行は、吉方位旅行にはなりませんか?(他人が一緒の部屋で寝るので)

 

確かに、吉方位旅行は一人旅が原則と言っている人もいますね。

ただ私の経験では、友達と一緒でも、みんなで旅館一部屋に泊まっても、開運しています。

さっきのドミトリーの話と違うじゃん!と言われそうですが、

これは一緒の部屋に寝るのが友達や家族という場合、赤の他人とは違うということです。

自分に吉方位であれば、日中に吸収した良い気を定着させていると思っていいです。

 

複数での旅行の場合、寝る部屋がどうこうというよりも気をつけないといけないのは、旅行中の言動です。

せっかくの開運旅行なのに運気を吸収できない原因(のひとつ)は、旅行中にイライラすること。

開運旅行では、楽しいワクワクした気持ちが運気を上げます。

イラッとしたり、文句を言ったり、ケンカしたりすると、運気ダウン。

一人なら自分のご機嫌を取るのは簡単ですが、他の人がいるとそうもいかない。

なので、一人旅のほうが良いという意見もあるのでしょうが、

一人よりも仲良しの友達と一緒のほうが楽しいし、ワクワク度も高まります。

友達と一緒に行って、思いっきり楽しむことで運気アップ。

なるべく楽しく旅行できるように、自分の言動にも気をつけ、小さなことは気にしないようにしましょう。

 

f:id:misaroundf:20190311085629j:plain

昨年末、友達と行った台湾開運旅行の写真です。淡水の夕日。

 

f:id:misaroundf:20190311085315j:plain

これは雲が龍の腹のようですよね。って思うの私だけ?

 

 

 

自灯明~自分の中の灯を消さない

今日2月15日は、お釈迦様が入滅された日です。

私は近所の禅寺の坐禅会にゆるく(すみません)参加しているのですが、そこでは先週の日曜に「涅槃会」が行われました。

 

そこで、お釈迦様の最後の教え「自灯明・法灯明」のお話がありました。

師が亡くなったら何に頼ればよいのかと嘆く弟子のアーナンダに対して、お釈迦様の言葉。

「自己を灯明とし、自己をたよりとして他人をたよりとせず、法を灯明とし、法をより所としなさい」

 

かつて、この言葉を聞いたときの私は、

「そう、最後に信じるべきは自分自身のみ!」

と理解したのですが(それも間違いではないのでしょうが)、このたび少し違う考えが浮かびました。

 
「自己を灯明とし」

自己の中に灯明を灯す。

自分の中にある神仏を磨いて、それに従えと言われている気がしました。 


坐禅の時、白隠禅師坐禅和讃」を皆で唱えますが、

始めの言葉は衆生本来仏なり」で、最後の言葉は「この身すなわち仏なり」

です。

白隠禅師坐禅和讃」は、漢文が多かった禅宗の典籍の内容を、庶民にもなじみのある日本の言葉で表したものです。わかりやすく覚えやすいのでご興味があれば、お調べください。

仏教では、人は誰でも「仏性」ありと言います。

お釈迦様の教えは、その仏性を、法(教え)をより所として磨き輝かせ、それに従えと言っているのでしょう。

 

そうなると「頼るべきは自分だけ!」ではなく、自分の中にある神仏を頼りにしていいのだと、心強い話です。

 

f:id:misaroundf:20190211173511j:image

 

座禅をするのも、神社に行くのも、毎朝神棚に手を合わせるのも、自分の中にある神様と天をつなぐ行いです。

自灯明の灯を消さないように。